2.癌性疼痛と麻薬

 麻薬というと、皆さんご存じの通り、とても恐い薬です。しかし、末期癌患者にとっては救いの神でもあるのです。
 患者さんの家族の中には、麻薬と聞いただけで拒否反応を示される方もあります。そのような場合には、麻薬がどんなに有用な薬で、患者さんが今いかに麻薬を必要としているかを説明するために時間をとられてしまうこともあります。

 癌患者の多くが、癌性疼痛という強い痛みに苦しめられます。
 痛みが強いと、身体的な動きが制限されるだけでなく、精神的にも参ってしまいます。
 痛みが強いと、何事も前向きに考えられなくなってしまい、笑顔は失われてしまいます。
 従って、生活の質(quality of life)を保つためには、疼痛に対する対策が最も優先されるべきなのです。
 そして、鎮痛剤の中でも、最も強力な薬が麻薬です。

 癌性疼痛に対して、最初から麻薬を用いるわけではありません。
 痛みのコントロールで最も基本的なことは、痛くなってから投薬する「頓用」では、十分な効果は得られないということです。痛みが生じない必要最小限の量の鎮痛剤を「定時」に投与して、痛みを予防することが大切です。
 他の方法で鎮痛が得られない場合は、迷わず麻薬で鎮痛を得る必要があります。

 麻薬には、もちろん副作用があります。
 主なものとして、吐き気や便秘などの消化器症状、排尿困難、そして幻覚・錯乱があります。
 幻覚が生じると、家族の中には麻薬中毒だと思って動揺される方もありますが、心配はありません。
 このような副作用はありますが、癌性疼痛はぜひなくしてあげなければならないものなのだということを知って下さい。

 残念ながら、医師や看護婦の中にも、まだまだ麻薬の使用に積極的でない人があります。
 特に、家族が延命を強く望まれている場合には、麻薬使用が家族に批判されるのではないかという保身の思いが先に立ってしまうように思われます。
 かくいう私も、十分な除痛を与えてあげられなかった患者さんを数多く経験しています。
 痛い痛いと苦しみながら、何も有意義なことを考えられないで生きていることに意味があるでしょうか?
 むしろ家族の方から、医師に対して積極的に痛みの治療を希望するべきであると私は考えます。

 最近の末期癌患者のアンケートでは、治療病棟よりもホスピスなどの緩和施設で過ごしたいと希望する方が増えて、治療病棟で治療を受けたいとする方とほぼ同率になってきたそうです。
 末期癌患者が何を望んでいるのか、医療者側も変革を求められていると思います。

 最後に、癌性疼痛を緩和するために、ハリ治療や音楽療法などの代替医療が有用なこともあります。
 代替医療については別項で説明していますが、決して既存の医学と対立するものではありません。「奇跡の治癒」を求めるものではなく、末期癌患者の苦痛を和らげるために役立てるべきものなのです。